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2002 年、夏も終わりかけの 9 月、単身で中国上海にやってきました。きっかけは、その春に 3 ヶ月半かけた世界一周の船旅中、寄港地の一つとして、ここ上海を訪れたことです。再度ここに来た目的は、「この街で何かビジネスを行ってみたい」という単純極まりないものでした。それから 2 ヶ月間のリサーチの結果、在上海の日本人向けに日本語フリーペーパーを発行することを決定しました。 理由は二つ。一つは日本人が急激に増えている割には、日本語媒体が二つしかなかったこと。もう一つは、物価の割には媒体費が異様に高かったことです。 そして、 2003 年 5 月に上海初の週刊日本語フリーペーパー「上海ジャピオン」が創刊されました。ご存知の方もいるとは思いますが、この発行は創刊号で停止され、そこからイエローページの発行という予想外の展開になりました。そして再発行をしなければという意地だけで、 2004 年 5 月にジャピオンは再創刊されました。それからのジャピオン、イエローページの急成長は皆さんのご存知の通りです。 |
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媒体発行を通して分かったことは、媒体が定着する、つまり読者が習慣的に読んでくれる、広告主に効果がある媒体になるには、時間と手間がかかるという事です。うまくいかない時には、本当にいろいろ考えました。出口の見えないトンネルに入って走り続けている気分です。その中で気づいたことは、人に感動や驚きを与えるには、変化を常に意識し、変化し続けなければいけないということ。変えるには時間と手間がかかります。だけど変化し続けるDNAを最大限に発揮することによって、弊社媒体は読者の皆様に喜んでいただけると思っています。 それは広告一つにとっても同じです。媒体として、たくさんの読者が見てくれても、一つの広告としては効果がない場合があります。そういった時は、効果が出るまで、その広告も変えていく。その結果、広告主に満足のいく状況をつくる。弊社の社員達は「他にないものを作る」「常に変えていく」という信念をもって仕事に取り組んでいます。 |
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媒体の発行を行っている関係上、いろいろな方にお会いする機会があります。中国でのビジネスは本当に難しい、そう皆さんはおっしゃいます。自分もそう思います。ただ、おもしろい部分もいくつかあります。例えば、中国人の方々には本当にいろいろな人がいるので、日本的な情ではなく、もっと構築された仕組みを作る必要があります。その仕組みも単純明快で、ある程度のみんなが納得いくもの。それはこういった考え方で生まれ育ってない日本人としては、挑戦しがいのあることだと思います。 |